本来、お店をふたりで予約する場合はコース料理が妥当だと思います。
理由は簡単、ふたり分で少量ずつたくさんの料理を用意してくれるから。
単品料理は結構量が多いのでふたりだと2、3品が良いところです。
しかも初回デートでシェアするのはあまり良くないでしょう。

でも、今日は当日予約なのでメニューから頼むしかありません。
……凄く苦手なシチュエーションです。
ランチセットのようなものもないですし、実は夕食ってハードルが高い気がします。
とりあえずメニューを渡して、選んでくれたら良いのですが……。

「どれも美味しそうですねー!」
「ですねえ。食べたいのあります?」

こういうやり取りが、致命的に苦手です。ちょっと嫌な汗をかいてしまいました。
男同士なら何も遠慮せず「これが食べたい」で済む話なのに緊張感が凄い。
もちろん、ある程度仲が良くなればそれでも問題ないのでしょうけど……。

「うーん……、全部良さそうで迷います。とろ男さんは?」

うん、分かっていました。こういう時に決める力も必要なのでしょう。
夕飯の献立を聞かれて「何でも良い」と答えると怒られる、と聞いたことがあります。
まずは自分の好み、その上で出来れば磯谷さんの好みのオーダーを考えました。
なんだか、いきなり面接の舞台に上がった気分です。

「じゃあ、このローストビーフサラダとかどうですか?」

困ったら、お肉。これしかありません。
正解なんて決まっていないのです。でもお肉ならきっと負けない。
あとは素直に好きなものでもあります。
これはこれで、大事なことだと思うのですよ。

何もかも相手に合わせる。その気概は良いと思います。
でも、相手は恋人じゃなくて結婚相手。永遠に我慢を続ける関係で良いのでしょうか?
私は違うと思います。だから、思ったことはある程度伝えるべきだろうと思いました。
もちろん、機嫌を損ねるようなことは控えるのが正しいでしょう。

でも、肉が好き? 魚が好き? と二択を迫られた時。
苦手なのに無理して魚が好きと答えるのは辛いですよね。
全部が全部、相手に合わせるというのは無理があります。
だから、ある程度自分をさらけ出すことも婚活には必要なのかな、と感じました。

「ふふ、いいですねー。私、お肉好きなんです」

磯谷さんのその言葉でちょっと泣きそうになりました。
肯定してもらえるのは凄く嬉しいです。
たかが注文ですけど、ひとまずは先に勧めました。

「飲み物は……ウーロン茶にしようかな」

磯谷さんはあまりお酒を飲まないと聞いていたので、ここはソフトドリンクです。
やっぱり飲まない人にとってお酒好きってあんまり良い印象ないですよね。
お相手がお酒好きなら良かったのですけど……。

「何言ってるんですか、どうぞ、お酒飲んでください!」

意外な事にお酒を勧められてしまいました。
これはとても嬉しいです。磯谷さんにはLINEを3日放置されてました。
だからなんとなく諦めていたのですよ。私にはそれほど興味がないだろう、と。
でもこんな風に優しくされると嬉しくなってしまいます。

「あ、じゃあ、ビールにしようかな」
「私はサングリアにします」

お酒は付き合い程度らしいので1杯だけ、という名目で付き合ってくれました。
何、この人。天使なの? そんな気持ちになってしまいます。
しかし……私も大概、他人に優しくされるのに慣れていない。
なんだか少し、戸惑ってしまいました。

「とろ男さん、まだ緊張してます?」
「あー、はい、実は、かなり……」

「えー、何でですかー?」
「こういうの、慣れてなくて……」

そもそも女性と食事なんてシチュエーションがレアすぎるのです。
飲み物が運ばれてくるとお互いにマスクを外しました。
うん、やっぱり磯谷さんは凄く綺麗だ。

「緊張しないで下さいよ。では、乾杯しましょう」

そう言って、グラスを近づけました。当てないで近づけるだけです。
グラスに一口つけてこっちを見る磯谷さん。
一目惚れは信じないタイプですが、思わず見惚れてしまいました。